最近ですね、私はあまり意識していなかった出来事について、改めて考えさせられる機会がありまして。
その中でですね、これはと思う事があったもので、このような記事を書かせて頂いているのですが。
どのような物事にもですね、やはり順序というものがあるのではないか。その中で、真っ先に身につけて頂きたいのは、やはり『頭で考えている事を言葉にする』というスキルなのではないかと、私は考えてしまったのです。
誰しも、完璧な人間など居る訳がありません。しかし、これがスキルであるという事をですね、今一度頭の中に刻み込んで頂くというのも、ひとつの大切な事なのではないかと思うのですね。
そう考えるのは、これはまた、仕事上のお話なのですが。
『頭の中で考えている事を言葉にできない』という問題。
それはある日のことです。私がいつも通りに仕事をしていると、ひょんなお話がありました。「今日の報告書を書いたんだけど、見てくれない?」
「おっけー」
と、どこか楽観的なお返事をさせて頂きまして。その方の書いた報告書をですね、私はじっくりと拝見させて頂きました。
すると、そこにはこのように書いてあったのです。
・掲題
○○の件について
・内容
社内の把握に問題があり、作業にミスが発生してしまった。今後は自己管理を徹底する。
出されたのは、この一行のみでした。
ふうむ、と私は考えました。
「このミスっていうのはさ、何が起こったんだろう?」
「試験内容を間違えて理解して、違う試験をしちゃった事かな」
「原因はどこにあったのかねえ?」
「原因は、自分があまり理解していなかったから……」
「理解していなかったっていうのはさ、結果として起こった事だと思うんよね。問題は、何で理解できなかったか、じゃないかな?」
「あー、そもそも勘違いして理解していたから?」
「私に聞くのか(笑)。そもそもさ、作業の目的って何だったん?」
「それは、○○の案件の試験をしていて……」
「あの案件ってさ、先方から提示された依頼が、ちょっと特殊だったじゃない。で、ミスの所はそもそも想定してなかったんでしょ? だとしたらさ、『自己管理』っていう曖昧な言葉じゃなくて、先方の要件をうまく噛み砕いていないっていう話になるやん?」
「あー……」
「何をしようとしていて、どこで問題が起きて。その原因はどこで、どうやってこの問題を解決するのか。最初は分けて箇条書きでも構わないから、一度その方向から考えてみてくれないかな?」
「了解、やってみる」
因みにどちらも敬語を使っていないのは、まだ私が若い時の、同僚との話だからです。
ある行為には必ず目的があり、もしその行為にミスがあったのだとすれば、そこにはミスに至った原因があります。
その行為の目的と発生した問題、原因まで特定すれば、どのように解決して行けば良いかの目処が立つようになり。そして、その解決策を実行する事もできるようになる。
分かる人には当たり前のお話かもしれません。ですが、このように整理して考えられず、また言葉にもできない方というのが、意外なほど沢山いらっしゃるのではないか、と。
私は、そのように感じているのです。
言葉に出来なかった結果、発生する問題。
何をするとしてもですね、先ずはこのように考える事が出来るようにならないと、発生した出来事の本質というものが分からなくなってしまう、と思うのですね。なんか、ミスをしてしまいました。なので、なんかミスをしないように努力します。
このようになってしまいがちではないか。
こうなると、もはや自分が本当の所では何を目的として行動しているのか、分からなくなってしまう事さえあると思うのです。何をしているのかは分からないけれど、とりあえず言われた事をする――……これでは、ビジネスをする上では非常に問題ではないかと、私は考えているのですが。
しかし、これらの事柄というものはですね、誰かが説明した所で、中々、理解して頂ける事が少なく。
五里霧中、霧の中で手を弄るようなモノなのでしょう。想像もしていない事は、解決する事ができない。まさに、堂々巡りになってしまうようなのです。
或いは、頭の中を言葉にできる方にとっては、話せない方というのがフラストレーションになってしまう事もあるようで、怒りを露わにしている方なども見たことがあります。
このようにですね、頭の中を言葉にできる方とできない方の間で、日頃トラブルは繰り広げられるのかもしれません。
これは、どうにかできないものか。
しかし、コミュニケーションのレベルでさえ、人それぞれなのです。そして、これらの技術には際限が無いのではないか。私自身もですね、対人関係については常に試行錯誤を続けている日々なのです。
ならば、少なくとも『意識して頂く』事によって、こういった内容を全く言葉にできない方々に、少しずつでも理解して頂くプロセスを与える事は、可能なのでしょうか。
何しろ、『頭で考えている事を言葉にする訓練』をすることも無ければ、このスキルが成長していく事さえ無いものですから。
そう考えていたところ、とある方からですね、ある貴重なお言葉を頂きまして。
そんな事を、ここに書かせて頂ければと思います。
『人に分かりやすく伝えよう』という意思。
その方はですね、これは非常に『頭で考えている事を言葉にする』技術が高いのではないかと。そのように、私は考えているのですが。その方からすると、そもそもそういった事を意識し始めたきっかけは、『何かを人に分かりやすく伝えよう』と考え始めたからだ、と言うのです。
なるほど、と思ってしまいました。
確かに、自分の考えている事を人に分かりやすく伝える、といった発想が無ければですね、これらの技術は育たないのかもしれません。
目的やら問題やら原因やら解決策というのは、その後で考え出す、あるいは勉強する事なのかもしれないと。
私は、そのように方向性を定めるに至ったのですが。
ということは、自分が今どのレベルに居るのかという事は特に知らずともよく。とにかく、何かを人にアウトプットする! と決めた時にですね、いかにして分かりやすく伝えるのか。という事を、意識して行くと良いのではないか。
また、これが出来ていると過信せず、常日頃から改善を続けていく必要があるのではないかと。
今、私はそのように考えております。
コミュニケーション、インプット・アウトプット。これらは難しい問題ではありますが、それでも生きて行く中で、避けては通れない部分でもあります。
自分にとって、そして相手にとってストレスにならないよう、最大限の努力はしていきたいものですね。
ところで、このような事を考えながら、このように回りくどい文ばかりをブログにアップしてしまっているという事実を、少しお恥ずかしい、とも考えてしまったのですが。
印象とカラー、というものがあります。やはりですね、ズバリと言ってしまうのは最も効果がありますが、それはふとすると、人に不快感を与えてしまう事にも成り兼ねないだろう、と思ってのことです。
頭で考えている事を言葉にする、という技術。やはり、日頃から向上に努めて行きたいものですね。
お後がよろしいようで。
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