浮遊する無名作家の浅慮

タクシーの運様と話した、一般人には少し興味深い話。

タクシーの運様と話した、一般人には少し興味深い話。


某日、東京の方からですね、深夜にタクシーで帰る事になりまして。

これはお仕事だったので仕方がなかったのですが。既に時刻は夜中の1時を回った所で、これはそろそろ吸血鬼が出てもおかしくはないのではないか、とも思える時間帯。

まずですね、外を出歩いても、人が一人として歩いていない。歩いていないだけならまだ良いのですが、時折泥酔したゾンビが街を徘徊している。やはり、これはダークなゲームの世界ではないか。

ホラーゲームと言えば『どうあがいても絶望』で有名なSIRENではないかと思いますが、もうどこからか超敏腕ゾンビに銃で狙われているのではないかと思えるような気味の悪さですよ。少ししんとして冷えた空気が肌を刺す所を考えるとですね、やはり私も一発で即死ではないか。

どうでも良い話なのですが、私はあのゲームを初めてプレイした時、唐突に始まって唐突に即死し。やはり私はホラーゲームに向いていないのではないかとも思いましたが、どうやらそれが普通らしいですね。

私、初見殺しって結構好きですよ。知らないと回避できない罠とか、わざわざ一つずつハマって行くのが楽しい。

いえ、勿論マゾではありませんが。

隣には、その日の前日から徹夜をしている某会社のAさん。そろそろ起床してからの時間が40時間に達するようなのですが、一体大丈夫なのでしょうか。聞くまでもありませんでしたね。

既に何か額に脂汗など浮かべて、怪しい笑顔をしていらっしゃる。

彼は「くらげさぁん……IQ……IQ180が……」などと、少し狂気的にも思える発言をしており。これは早い所タクシーで帰してあげるべきなのではと思っていた所、都合良くも空車のタクシーを発見したので、乗り込むことに。

行け!! ここは俺に任せて、早く!! などと格好良い事を言いたくもなりましたが、ぶっちゃけ寒かったので我先にと乗り込みました。

「どちらまで向かいましょう?」

「全力で前の車を追い掛けたフリをしつつ、彼の家までお願いします」

※普通に安全運転をしてくれました。



 タクシーの運様と私。

さて、深夜にわざわざ自宅まで一時間半の道程を運転してくれているタクシーの運転手様を、軽々しく『運ちゃん』などと呼ぶのは礼儀が無いのではないでしょうか。

ということで、『運転手様』であると。しかしそれでは少し、愛嬌に欠けてしまいますね。やはりここは、敬意と愛情を込めてですね、タクシーの『運様』と呼ぶべきではないか。

誰ですか、韓流スターみたいだと言う方は。

ほら、ハンターハンターのゴン君も、巨大化した後、ゴンさんと呼ばれるようになりましたよね。あのような類の昇格だと思って頂ければ幸いです。

もはや、髪の毛も伸びて枠内に収まり切らないのではないか。

そのようにですね、コマ割りをぶった斬る程の壮大なヘアスタイルを貫く覚悟と共に、Aさんを送ったは良いですが、その後タクシーの運様と何も会話がない。

普段は『沈黙の貴公子』などと何やら恥ずかしいあだ名を付けられている訳でもない私ではありますが、これは何を話して良いのかさっぱり分からず。やはりここは、「今日は良い天気ですね」から始めるべきか……? 夜だぞ。正気か。

仕方がないので、私は話し掛けるのを諦めよう、と一瞬考えもしたのですが。

ワインを片手に外を眺める振りをしつつもですね、私はふと気取った声で言ったのです。

「……この辺りはスピード違反の取り締まりなど、結構厳しいのではないですか」

という、如何にも普段運転している風を装いつつも、会話を投げかけることに。ちなみに普段は土日にデパートまで嫁様を送り迎えするだけのアッシー。お世辞にもですね、車が運転できると言ってはいけない技量でございます。ええ、にわかという事でございます。

例えるならばこれは、『ひっさつまえばが使えないコラッタ』……いえ、違いますね。『助けた亀が亀仙人を連れて来てくれなかった時の孫悟空』……いえ、これも違う。

『ロックバスターから水鉄砲しか撃てないロックマン』……これだ!!

せっかくなので、私はロックバスターから水鉄砲をちょちょ切らせつつも、運様にそのように(ドヤ顔で)申し上げたのでした。

するとですね、これは良かったのか悪かったのか。運様は何気無い素振りで運転を続けながら、やや険しい顔で言ったのです。

「実は私、この間、覆面に捕まりましたよ」

ほら余計な事言うから墓穴掘ったじゃないかああぁぁぁ!!



 あれ? 空気悪くない?

ひとたび墓穴を掘ってしまった私。再び運様との会話は途絶えてしまいました。おまけに居心地も悪くなりました。

だから、黙っておけと言うのです。出る杭は打たれると言いますが、私など出なかった所で無理矢理出されて打たれるのです。目立たないに越したことはありませんよ。

小学校の頃ですね、掃除をしている最中、突如として用務員の方に恐ろしい形相で追い掛けられ、「くらげオラアァァァァ!!」と何故か怒られた挙句、頭を殴られて気絶した時の事が思い出されます。

いや、あれは本当に意味が分からなかった。どうやら掃除の仕方が彼の気に召さなかったらしいですが。

やめてくださいよ、蓼食う虫も好き好きって言うじゃないですか。掃除の仕方如きで毎回殴られて意識飛んでたら、意識の方が気が付けば三途の川に辿り着いているかもしれません。

ああ、界王様……

そこで私は、ある作戦に出たのであります。

「あ、あの……なんか、ごめんなさい」

困った時はまず謝る。これぞ、私がこれまでの人生で学んだ教訓でございます。まずいと思ったらすぐ下手に出る。ええ、あなたが神様ですよとする事でですね、難を逃れるべきではないか。

覚えていますか、かの有名な豊臣秀吉もですね、天下統一を果たす前はサルと呼ばれていたのです。まず人には謙虚であれ、と古き良き先人は私に教えてくださいました。

するとですね、運様も少し、声色を柔らかくしてくださったのです。

「いえね、周りが皆スピード出しているからというのは、あまり関係無いんですよね。私の場合はたまたま交差点に侵入した時に発見されたみたいで。なんで私だけ、って、その時は思いましたけど(笑)」

別に最初から怒ってなかったんじゃないかとか、そのような議論はナシでいきましょう。

運様はとても柔和で、穏やかな方でした。



 タクシーにも、仕事をする領域というものがある。

その日はですね、とても興味深いお話をいくつも頂きました。

例えばですね、以前私がその日と同じように、夜にタクシー乗り場まで行った時の出来事でした。口を……扉を開けて私を乗せようとするタクシーに対し、その後ろからですね、強烈な勢いでクラクションを鳴らしまくるタクシーの姿があったのです。

結局手前のタクシーには乗れず、クラクションを鳴らしっぱなしにしていたタクシーの方に乗らざるを得なかったのですが、あれは一体何だったのかと、私は疑問に思っておりました。

すると、運様はにこやかな笑顔で私にこう言ったのです。

「もしかしたら、営業区域外のタクシーだったのかもしれませんね」

「営業区域外、ですか?」

「はい。例えば東京のタクシーが、埼玉までお客様を乗せたとしますよね。でも、だからといって埼玉で、続けて営業をしてはいけないんですね」

「あ、そうなんですか? その辺り、よく知らないんですよね」

「そうなんです。やっぱり東京のタクシーは東京でご利用頂くためのタクシーでございますから、それ以外の場所では道が分からない事もあり、迷惑になってしまう恐れがありますよね。なので、これは道路運送法で定められているんです」

そうだったのですね。私も無知なもので、この手の類の話はまるで存じ上げておりませんでした。

運様もですね、さすがに厳重な処罰の対象となる行為だということで、「まさかとは思いますが」とは言っておりましたが。しかし、あの日の運様のクラクションっぷり。そのまさかがまさか行われる可能性が、まさかり担いで現れる程度にはあるのではないか。

やはりどこの世界にも、ルールというものはあるようで。それを無知ゆえに犯してしまう事はどうしてもある事かもしれませんが、誰かに迷惑を掛けてしまうほどの掟破りは、やはり注意していきたい所だと思うものです。





タクシーの運様もですね、これは深夜のくたびれた心にとても染み入る接客をして下さいまして、気持ちの上だけでも、私は心が安らぎました。

このようなタクシーの運様がもっと増えて行くようであれば、間違いなく私はタクシーを乗り回すカンジの悪い富裕層に進化する気がございます。

いえ、カンジ悪くタクシーを乗り回すだけで、きっと富裕層にはなれていませんが。

実は自家用車を買うよりもですね、ある程度の利用までならタクシーの方が安い、という事もありまして。私としましては、車を持つよりもそちらの方が有用かもしれないという事で、ついタクシーの利用を渋ってしまう方にはですね、ご利用をおすすめさせて頂きたい。

ところで、とても綺麗な車内を見ながらですね、私はこのような事を問い掛けました。

「そういえばタクシーのシートって、随分厚くひかれていますよね」

「それは、深夜に嘔吐してしまう方が居るためです」

「ああ、そういうことだったんですか……」

「5~6枚重ねる事もありますよ」

「うわあ……」

タクシーの運営も大変ですね。

お後がよろしいようで。


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