浮遊する無名作家の浅慮

2017年の抱負は、『強く生きる』。

2017年の抱負は、『強く生きる』。


明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


……ということで。いやー、明けてしまいましたね、2017年。

私も大晦日まで、気分は2016年の元旦といった所だったのですが、この度めでたく2017年になってしまった、ということで……正月三ヶ日はまあね、新年明けましておめでたい記念のお休みということで、今日からようやく、2017年の元旦といった気分で一年を過ごさせて頂きたいと思います。

あれ? もう1月1日は過ぎましたか。そうですか。


 2016年を振り返る。

2016年、色々ありましたね。皆さんはいかがでしたでしょうか。
私は犬も歩けば棒に当たると言いますか、無名作家も歩けばネタに出会すといった感じで。

もうね、1月から大変でしたよね。訳あって、人の車に乗る機会があったのですが。
ひとたびアクセルを踏み始めると、車間距離30cmみたいな勢いで前の車に近付くもんですから、前の車がふとブレーキを踏んだ瞬間、いつもこっちは急ブレーキになるんですよね。

ほら、買い物に行くおばさんがよく、前の人がカゴに入れた商品を、「あらこれは安いわ!」とか言いながら、慌てて入れるヤツあるじゃないですか。もう気分はあんな感じですよ。「あらそこでブレーキなのね!」みたいなね。
急ブレーキが半額セール実施中だったのかもしれませんが。

そんなに生き急がなくても良いじゃあないですか。セールはいかに早く買えるかが人命を左右しますが、ドライブはいかに安全に運転できるかが人命を左右するもんでね。そう、つまり、優先順位ってことですよ。

きっと、ドライバーの方は可能な限り早く目的地にお届けする、クール便のような気持ちで挑んでくれたと思うんですけどね。運んでいるのは冷凍食品ではなくて心臓なので、冷えるのはむしろ肝ではないかという。

少し、あん肝が食べたくなってきましたね。
そんなところで、新年の抱負でも述べたいと思います。



 今年は、『強く生きる』。

昨年は色々ありまして、私の弱さが前面に押し出たような一年になってしまいました。
なんとかして、仕事にも人生にもね、一筋の光を当てたいと思っていたのです。しかし、そう上手くは行きませんでしたね。

お金が無いのに仕事は増えず、災難は襲い掛かり、待人は来ない。見捨てられたり、裏切られたり、しかも待人は来ない。後ろ指をさされたり、或いは知人が壊れてしまったり、更には待人は来ない……こんなにも沢山の事を一年で経験するなんて、思ってもいませんでしたよ。

いえ、待人が3人いた訳ではないんですが。

まあ、それだけ濃密な一年だったと思えば、ある意味では充実していたとも取れるのかもしれませんが。
わりとネガティブな方に濃密でしたね。レベルで言うとガリガリ君の梨味くらいの濃密感。
最近出たメロンパン味は、美味しいかまずいか、意見が割れそうですね。

そんな訳で……2017年の抱負は、「強く生きる」です。

人はですね、思ったよりも弱いもんだなって思いましたよ。待人は来ないし。

何かをやろうとするとね、絶対にそれを見ている人が居るものなんだという事を知りました。今まで気付いていなかっただけで、その「見ている人」というのは、肯定したり、賛成したり、あるいは否定・反対したり、校庭を走ったりする。

モラルとして、一生懸命に努力している人を見て笑うというのはいかがなものかと誰もが思いますが、実際には人を指さして笑う。そして、校庭を走ったりする。
こんな事が結構多いのだと知りました。

というのも、昨年は私も、所謂「笑う側」についてしまった事があったからなんですね。



 失敗は、滑稽に映るもの。

人が何かをして、それで失敗してしまうというのは、はたから見ていると、これは良いお笑い種だったりするんですよね。
やっぱり人は、自分よりも下に見ることができる人を発見すると、安心してしまう習性があるようです。ああ、まだ自分には下が居るんだな、と。まだ余裕を持って良いんだな、と。

それをこじらせてしまうと、「自分よりも下に見られる人・部分を探す」「探して、あいつは馬鹿だと笑う」という風になってしまうんだな、と身を持って思い知りました。
笑い、笑われる。昨年に、その両方を経験したから、そう思うのかもしれませんね。

意識はしていなくても、例えばコントで馬鹿をやっているのを見て笑う、というのがありますよね。
「こいつ頭大丈夫か!」ってな具合に。面白くてつい笑ってしまいますよね。

努力している人が一生懸命にやって、必死でやって、それでも失敗してしまうというのは、とても滑稽に映ってしまいます。それで、笑えてしまうのですね。
「こいつ頭大丈夫か!」ってな具合にね。

でも、相手が笑わせようと思って、意識してやっていない限り、それで相手を傷付けてしまう事があるんだなあ、と。
それは、意識をしていないのに起こしてしまう罪だなあと、私は思いました。




 と、いうことで。

そこで、私は2017年も、より多くの事にチャレンジして、とにかく失敗を重ねたいと思っております。
人様に迷惑を掛けたり、自分の身が危険になるような失敗は、可能な限り避けようとも思っておりますが。

様々な失敗を経験する事によって、他の人が一生懸命にやって失敗しているのを見た時に。
笑うのではなくて、きっと優しい気持ちで見ることが出来るようになるだろうと、そう思うからですね。
もしかしたら、アドバイスなんかもできるかもしれない。

その為には、まず自分が必要最低限の失敗を身に付けている状態でなければいけませんね。
まだまだ、努力が足りていないということですか。人生って大変ですね。

それで、笑われても構わないと割り切る事にしようと思っております。

これが、「強く生きる」の内側の意味なんですが。

失敗は滑稽に映るものなのですから、笑われても良いと思うんですね。それで笑って頂けるのであれば、失敗をした私としては本望かもしれませんよ。

ただ、一度やってしまった失敗を、決してそのままにしないこと。それだけは、意識していきたいと思います。
それで、穴だらけ修復だらけで進んできた階段も、頑張って登って行けば、いつか目的地に辿り着けるかもしれませんからね。

穴に落ちてしまったら、また登らなければならないので。失敗をそのままにしてしまったら、ぐるぐるぐるぐる、同じ所をループするだけになってしまいますからね。
それはそれで、見ている分にはちょっと面白いですね。

昔、「レミングス」っていう小人をゴールに運ぶゲームがあったんですが、それで失敗すると、ゲームオーバーにもならずに同じ所をぐるぐるする場合もあったんですね。
結局、できることはスタートからやり直す事しか無いんですが。そうならないようにしたいですね。



ということで、今年は全ての小人をゴールに運ぶ事ができるようにと願いまして。
2017年のスタートでございます。


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